江戸時代のことわざに「医者に金を払うよりも、みそ屋に払え」と言うことわざがあります。
「本朝食鑑(元緑8年・1695)」によると「味噌はわが国では昔から上下四民とも朝夕に用いた」もので、「一日もなくてはならないもの」であり、「大豆の甘、温は気をおだやかにし、腹中をくつろげて血を生かし、百薬の毒を消す。麹(こうじ)の甘、温は胃の中に入って、食及びとどこおりをなくし、消化をよくし閉塞を防ぐ。元気をつけて、血のめぐりをよくする」としています。
そして、これがわたし達の味噌に対する認識の礎になりました。
さらに、庶民の伝承によって「手前みそ」を醸造し、調味料としてのみならず、健康維持のための栄養素として味噌が生活に溶け込んで行ったのです。
江戸時代から農家では、どんな飢饉の時にもみその仕込みだけは欠かしませんでした。
事実、諸国を治める大名諸侯は味噌づくりを奨励していましたし、たとえ穀類の収穫が減少しても、味噌があれば飢えをしのぎ、健康を守ることができると信じられていたからです。